P.F.ドラッカー「未来への決断」の歴史

 1995 年5月(出版は今から15年前)

 「日本では誰もが経済の話をする、だが、日本にとっての最大の問題は社会のほうである。この40年あるいは50年(1990年ごろまで:筆者)に及ぶ経済の成功をもたらしたものは、社会的な制度、政策、慣行だった。その典型が系列であり、終身雇用、輸出戦略、官民協調だった。」

 「多くの人たち、特に海外では、それらの制度、政策、慣行を日本の古い伝統だとする。しかし、私(ドラッカー:筆者)が初めて日本を訪れた1950年代には、まだそれらのものは生まれていなかった。いずれも思い切ったイノベーションだった。そのすべてが、その種のものの平均耐用年数をはるかに越えて有効に機能した。」

「同じころ、フランスでも日本に似た社会的イノベーションが行なわれた。それはドゴール政権の柱となった。有効に機能したが10年しかもたなかった。早くも1965年には時代に合わなくなり、捨てなければならなくなった。」

「これに対し日本の社会的な制度、政策、慣行は、1990年ごろまで有効に機能した。だが、もはや(今から15年前:筆者)満足に機能しているものは一つもない。いま(15年前)まさに、再び新たな制度、政策、慣行が求められている。」